民謡歌手木津かおりのブログです。
日々感じた事や舞台での出来事。
旅先の美味しい食べ物等。
又出演イベントの情報も掲載します。
みなさま☆ミ 『よろしくお願い致します♪』
東北キャラバン(宮城)
12日と13日は、先月の中湊といわき市に続いて
みらいみんようの東北キャラバン(宮城)に参加してきました。

早朝から車二台で総勢10名で先ずは
登米市の南方峯区公民館が一回目の場所でした。
ここは、320戸の仮設住宅のすぐ横にある集会所でしたが、
入られているのは、南三陸の方たちがで先週入ったばかりとの事で、
まだ登米の方たちとの馴染み等も薄く、南三陸と一言で行っても、
知り合いとも離れ離れになっているらしく、被災者の方々の
復興への道の険しさを垣間見ました。
南方峯区の方々と仮設に入られた方との交流のきっかけに
なってくれたら嬉しいと思い、外へ向けてスピーカを出したり、
色々な工夫をしながらの慰問演奏でした。
終わりに近づいて少しずつ集まってきてくれたのですが、
次の移動時間もあるので、南方峯区公民館を後にしました。

お昼は明治村のハット汁を頂いて、
今度は南三陸へと移動しました。
山から下りて行くといきなり状況が一変します。
100日目に来たメンバーは、あまり変わっていない。と
つぶやいて居ましたが、少しづつ片付いてはいるのでしょけれど、
まだまだ痛々しい建物がそのまま放置されているものが多かったです。
そんな町中を通り次の会場、南三陸ホテル観洋へ入りました。
ここも先週までは避難所となっていて、営業が再開されたばかりだそうで、
今は、復興作業に携わる方が多く宿泊されていました。
演奏していると、疲れた表情で帰って来られる皆さんが多くいらっしゃいました。

今回私たちの宿を確保するのがとても苦労したそうなのですが、
やっと取れたお宿は、更に下ったのか?のぼったのか?(^^ゞ
泊崎荘という岬の先端にある場所でした。
近くに到着すると辺りは真っ暗でありまして、
細くガタガタの道。ナビが案内する路は通行止めになっていて
迂回道はとても狭く坂が急だったり。。。
よく見えないのですが、ぞくぞくする怖さを感じながら、
はたしてこの先に宿があるの?と不安混じりになっていました。
ようやくお宿が見つかった時は皆で安堵、そして
煌々と光る電気がまぶしく感じました。


二日目は今度は気仙沼なので小一時間車を走らせ
気仙沼市唐桑町にある燦さん館という保健施設に到着。
ここはホールになっていましたし、看板まで作って下さっていたり、
漁業組合関係の方がパワフルで、ボランティア方たちをまとめて下さっていて、
良い舞台となりました。ラスト一曲になって入って来られる方がいらしたりして、
終わっても降りるに降りられないでもう一曲と。自らアンコールを(笑)
そんな楽しい雰囲気でした。

そしてお昼の場所へ移動かと思いきや。
私たちを気仙沼の現状を案内してくださりました。
半年も経つのにまだまだ手付かずに見える場所だらけであったり。
気仙沼市は先端にある石油コンビナートの油が発火し
発火した津波が押し寄せたそうで

三日三晩燃え続けた地域に残る
完全に燃え尽きた元は車だった錆鉄塊の山やら、

港からプカプカと流れ着いた大きな船やら。。

港に行けば、傾いたままになっている
建築物がゴロンゴロンと横たわったまんま。
目に見える地形の変化を目にしたり
(元はつながっていた道路の割れ目。しかも1メートルも地盤沈下)
新しく建物を建てようにも、地質調査が済まないと許可が下りない。
(いつ調査が終わるかも未定。)

そんな港で真っ白な漁船が輝いて見えた。
水揚げ再開している事こそ奇跡に思えた。

そんな半年後を目にしてかなりショックを受けた私自身でしたが…。
この巨震・激流の本の中には気仙沼そて南三陸の直後の現状が
写真として、記事として鮮明に残っていました。
これをみるとどれだけ凄まじい状態だったか。
またいきなりこの状態になった皆さんの気持ちを考えると
とても平常心ではいられなくなります。
これは、後世に残すために。綴られている本だと思いました。
私も自分の戒めにと駅のキヨスクで買ってきましたが、
アマゾンでも売っていました。
F1010332.jpg
新聞記事や体験談等も沢山のっているので、
じっくりと熟読したいと思います。

最後の演奏場所は、反松公園仮設住宅集会所でした。
こちらは、数ヶ月前に入られた方を多く、
又昨日は復興ボランティアの方が催すお茶会の日でありまして、
楽しみに待っていて下さる方も多くいらっしゃいました。
窓を開けっ放しで演奏していると、窓の外から眺めたりしてくれる
方がいたり、やっぱいり入ろう〜と入って来て下さる人も居たり。。
皆さんの表情は硬くて、喜んでもらえているのだろうか?と
内心不安を持って唄っていました。いよいよ最後の曲が終わると
一人のおかあさんが「かんどうしたよぉ〜」と声をだしてくれました。
それを皮切りに皆さんが素の表情となりまして。。。
もう一度大漁唄い込となったのですが。。。私もなんだか感無量になってしまって
唄にならない唄をうたっていたところ。。。成る駒姐さんはが!!!
一人の男性を引き入れマイクを持たせちゃったのです。
そしたら。。。唄ううたう。。女性のキーで高いだろうに。
なんと。唄いきっちゃって大盛り上がりで、このままじゃ終われないよ。って
そんな空気になっていまして…今度は唄に踊りにと女性にも加わってもらって
ソーラン節の大合唱です。男性の方のアテ振りみたいなのを
みんなで揃って踊りまして(笑)それはそれは、密度の濃い時間となりました。

F1010331.jpg

演奏後皆さんと一緒にお話しできたのですが、
半年ぶりに、思い切り笑えた。頭の中が空っぽになって民謡を楽しんだ
よ。
すっきりしたっ。等とそんな話を聞くと、また涙が出そうになりました。
民謡のパワーって本当にすごいですね。改めて感じました。
あの方々が昨日のあの一瞬をきっかけに、前向きな気持ちへと切り替える事が
出来ていったら良いなと。心から願いました。
また皆さんに逢いに来たいし、他の皆さんにも、同じく
半年間感情を表す事さえ忘れてしまっている皆さんが、
民謡を聞いて、その抑えているタカが外れるならば。。。
またこの様な慰問演奏を続けたいと思いました。
でもまた色々な事、難しい事も多いのですよね。
わかっていは居ますが。。。そのまず固まっている心のタカを外す事
それが一番大事なのではないかと思うので、
整理できない感情もあるのが正直なところです…。
帰りの道中はどこかこの様な活動に賛同をしてくれて
寄付を出してくれる企業がないものか?とそんな会話になりました。

もう一度自分に出来ることはなにだろうか?
考えてみたいと思いました。


来月は岩手へ行ってきます。



気まぐれ日記 comments(0) trackbacks(0)
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: http://kitsu-kaori.jugem.jp/trackback/1752
<< NEW | TOP | OLD>>